mohuros7’s diary

思考整理用の備忘録です。

嫌なことから逃げる癖

私は嫌なことから逃げる癖、というかダメだったことにもっともらしい理由を付けて正当化する癖がある・・・。

 

こんなクズっぽい癖だけど、別に生来の気質ってわけじゃあないんだ。

 

3年くらい前から割と過酷な環境で生活をしていて、何回も苦しい目に遭って、それでも頑張って、最終的に結果が出ず、フタを開けてみたらサボってた奴らのほうが美味しい思いをしていたってことがあって、頑張ることが怖くなったし、バカらしく思えてしまったんだ・・・。

 

例え話だけど、体育の授業で他の人が100m走してる時に一部の人間だけ120m走らされたらおかしいと思うだろう?

 

それで出てきた結果が他の人より悪くても「いや、私20m余計に走らされてるし・・・」って感じないか・・・?

 

それでも、同じように120m走に苦しむ同期がいたなら頑張れたのに、同期が「体調悪いので見学していいですかww」みたいなことを言い出して、

 

その結果先生が「そうか、でも測定できるのは今日だけだから50m走でいいから頑張って走れないか?その記録を2倍にして100m走ったことにしてやろう」みたいなことを横でやられたらどう思う・・・?

 

いやいやいや、おかしいだろ。

 

明らかに仮病なのに何その優遇。

 

私が120mでクソ同期が50m、実際走った距離が70mも違うんだが・・・?

 

せめて60m走らせてその記録を2倍にしろよ。

 

結果はもちろん私の方が悪いよ、当たり前だよ。

 

不公平じゃないか、適当な理由こいた奴が得をして私は不遇なままか?

 

そもそも私が120m走らされてる時点で明らかに不公平なのに、同じ様に苦しむはずだった同期が謎の救済を受けたらおかしいだろ・・・?

 

極めつけがその100m走(一部120m走)の結果がその後の進退を分ける分水嶺になったらどう思う・・・?

 

走る前から不安だったし、走ってる時もダメかなって思ってたし、走り終わった後もやっぱりかと思った。

 

結局私は数値的に見ると底辺だったよ。

 

だけど私は頑張ったんだ。

 

普通に100m走らせてもらえれば普通の成果を出して、普通に一喜一憂しているはずだったんだ。

 

自分の力じゃどうにもならない部分に原因があって、その結果ダメだったってことと、結果的にマジメにやるよりもサボる道を選んだほうが得をしたってことにショックを受けたんだ・・・。

 

だから今もやる気が出ないし長続きしない。

 

そもそも最後の最後の測定会でそれをやられたからこれから挽回もできない。

 

正確に言うと本当にラストってわけでもないけど、今から頑張っても前の結果が足を引っ張って挽回はとても厳しい。

 

無駄に走らされた20mが私の足を引っ張る。

 

だから今もやる気が出ないし長続きしない。

 

どう頑張っても最初に120m走らされてる時点で私には勝機は無かった。

 

ここまでがもっともらしい理由だよ・・・。

 

私は環境のせいにして自分の力の無さをごまかしているんだ・・・。

 

そもそも私に力があれば120m走ったとしても100m走ってる勢の下位には食い込めたかもしれない。

 

地力が乏しかったとしても、状況が悪くても、横紙破りをしている同期がいても、私は全力で走り続けるべきだった。

 

私は「きっとダメだろうな」なんて考えないで、状況が悪いなら悪いで全力を出すべきだった。

 

「きっとダメだろうな」って考えた時点でたぶん私は全力を出すのをためらったのかもしれない。

 

もし全力を出していれば、最後の最後の測定会で何とか挽回できたかもしれない。それがもしもの話だったとしても、まだ希望が持てていたかもしれない。

 

でも当時の私は十分に全力だったと思うんだ・・・。

 

今考えるともっと頑張れたと思うけど、当時は文字通り暗中模索で、自分のやっていることがベストだと信じて生きてきたんだ・・・。

 

でも今考えるともっと頑張れたと思ってしまう・・・。

 

今だってこんな文章打ち込んでないで自己研鑽の一つでもするべきなんだけど、そういう気分にもならない。

 

もっと頑張った方がいいと分かっていても、結果を出すための研鑽の時間が足りなくて、たぶんダメだろうなってことが心の底で分かっている。

 

でも後から今のことを思い返したら多分「もっと頑張るべきだった」と感じるんだろうな・・・。

 

じゃあどうしたらいいんだよと自問自答すると、間に合わなくても研鑽をやめてはいけないと私の理性は言う・・・。

 

当たって砕けることが分かっているけど、砕けるために研鑽を続けろと私の理性は言う・・・。

 

どんなに虚しくても自己研鑽はやめてはいけないと理性が言っている・・・。

 

でも辛いんだよ・・・。

 

傷つくことが分かっているのに、虚しいことが分かっているのに行動するのが怖いんだよ・・・。

 

悩んでいる時点で私の理性は完全に状況を放り出すことをやめているってのは薄々感じている・・・。

 

本当にどうでもいいと思ったら悩むことすらしない・・・。

 

結局今できることは1択、辛くても行動することだってことは長々文章を書く前から脳裏に浮かんでいる。

 

でも行動に移せない、辛いから・・・。

 

辛いから現実を見ないようにダラダラしたり、ずっとネット小説を読んでいたり、動画見たり、新しくブロックチェーンゲーム始めようとしている・・・。

 

我ながら面倒くさい性格をしているなと思う。

 

でも同じような境遇に居たらみんなこんな感じになると思うのよね・・・。

 

とりあえず明日から、明日からちょっとずつ頑張ろうと思う、辛いけど。

 

ちょっとずつ精神のリハビリをしながら頑張り直してみようと思う。

 

やっぱり人間は成長を続けるべきだとなんとなく感じる、じゃないと状況がどんどん酷くなるし・・・。

 

後で思い返して悔いが無いように生きることのなんと大変なことか・・・。